セツキシマブは上皮成長因子受容体(EGFR)に特異的に結合するヒト型モノクローナル抗体であり、EGFRを介したシグナル伝達経路を遮断することで抗腫瘍効果を発揮します。EGFRは大腸がんの約80%で高発現しており、腫瘍細胞の増殖や血管新生に関与しています。セツキシマブの直接的な作用機序は、EGF(上皮成長因子)やTGF-α(トランスフォーミング増殖因子α)などの内因性リガンドによるEGFRチロシンキナーゼの活性化を阻害することです。受容体にリガンドが結合すると受容体が二量体化してチロシンキナーゼが活性化されますが、セツキシマブが結合することで二量体化が阻害され、内因性リガンドの結合も妨げられます。
参考)セツキシマブ(アービタックスhref="https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.15106/j_kango28_658" target="_blank">https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.15106/j_kango28_658lt;suphref="https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.15106/j_kango28_658" target="_blank">https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.15106/j_kango28_658gt;®href="https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.15106/j_kango28_658" target="_blank">https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.15106/j_kango28_658lt;/suphref="https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.15106/j_kango28_658" target="_blank">https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.15106/j_kango28_658gt;) (が…
EGFRは腫瘍細胞だけでなく、皮膚、腸管粘膜上皮、外毛根鞘細胞、脂腺・汗腺の基底細胞などの正常組織にも発現しており、皮膚や毛包、爪の増殖や分化に重要な役割を果たしています。このため、セツキシマブ投与によりEGFRが阻害されると、角化異常と爪母細胞の分化異常が生じ、皮膚乾燥症、皮膚炎、爪囲炎などの副作用が高頻度に発現します。EGFR阻害による細胞周期進行の阻害、アポトーシスの誘導、血管新生の抑制、転移の抑制といった複数の抗腫瘍効果が期待される一方で、正常組織への影響が副作用として現れることになります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/133/6/133_6_341/_pdf
セツキシマブ投与に伴う皮膚障害は最も頻度の高い副作用であり、重度の皮膚症状は18.8%の患者に発現します。皮膚障害の主な症状としては、ざ瘡様皮膚炎(ニキビのような発疹)、皮膚乾燥症、爪囲炎、そう痒症などがあります。ざ瘡様皮膚炎は投与開始1~4週目に好発し、特に顔面、胸部、背中、上肢などの脂腺が多い部位に出現しやすい傾向があります。皮膚乾燥やひび割れは投与開始3~5週以降に出現することが多く、爪周囲の炎症(爪囲炎)は4~8週以降に好発します。
参考)医療用医薬品 : アービタックス (アービタックス注射液10…
皮膚障害の発現メカニズムは、EGFR阻害により角化細胞の分化異常と爪母細胞の増殖障害が生じることによるものです。臨床試験では、皮膚障害全体の発現割合は28.13%と他の抗がん剤と比較して特に高い傾向が認められています。興味深いことに、皮膚障害の程度が強い患者ほど腫瘍の治療効果が高いという報告もあり、皮膚障害はある意味で薬剤の効果を示す指標とも考えられます。しかし、重度の皮膚障害が発現した場合には、QOLの著しい低下や治療継続困難となるリスクがあるため、予防的スキンケアと早期介入が重要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjdi/18/3/18_201/_pdf
Infusion reactionはセツキシマブ投与中または投与後数時間以内に発現するアレルギー様反応であり、重度の症例は0.8%に認められます。軽症例では発熱、悪寒、頭痛、疼痛、嘔気、搔痒、発疹、咳、虚脱感などが出現しますが、重症例ではアナフィラキシー様症状(呼吸困難、血圧低下、意識消失)を呈することがあります。発現時期は初回投与時に最も多いものの、2回目以降の投与でも発生する可能性があるため、毎回の投与時に十分な観察が必要です。発現メカニズムとしては、補体活性化やサイトカインの関与が推測されています。予防策として、投与前に抗ヒスタミン薬(ポララミン注など)やステロイド薬を投与し、初回および2回目の投与は入院下で実施することが推奨されます。
参考)https://oici.jp/file/202207/gansyu/05A0020-1_20220719.pdf
低マグネシウム血症はセツキシマブの特徴的な副作用の一つであり、全グレードで36.7%、グレード3/4では5.6%の発現頻度が報告されています。低マグネシウム血症の初回発現時期は投与10回目(中央値)であり、投与期間が長くなるほど発現頻度が増加します。投与開始3ヶ月までのグレード3/4発現頻度は5%ですが、3~6ヶ月で23%、6ヶ月以降では47%まで上昇することが報告されています。初期症状としてはこむらがえりや易疲労感があり、重症化すると頻脈や不整脈を引き起こす可能性があります。定期的な血清マグネシウム値の測定と、必要に応じた硫酸マグネシウムの補正投与が重要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjphcs/37/7/37_403/_pdf
間質性肺疾患(間質性肺炎)はセツキシマブの重大な副作用の一つであり、発現頻度は0.2%と比較的まれですが、生命を脅かす可能性があります。空咳、息苦しさ、息切れ、発熱などの風邪様症状が出現した際には、速やかに医師へ連絡する必要があります。患者が自己判断で市販の風邪薬を服用することは避けるべきであり、早期発見と適切な対応が予後を左右します。間質性肺炎が疑われる場合には、直ちにセツキシマブ投与を中止し、胸部CT検査や血液検査(KL-6、SP-Dなど)を実施して診断を確定します。治療としてはステロイド薬の投与が行われますが、重症化すると呼吸不全に至る可能性があるため、厳重な経過観察が必要です。
参考)アービタックス(セツキシマブ)
下痢はセツキシマブ投与患者の約50%に認められ、重度の下痢は2.2%に発現します。投与開始後24時間以内に出現する早期下痢と、数日~2週間後に遅れて出現する遅発性下痢があります。重度の下痢により脱水症状が進行すると、腎不全に至った症例も報告されているため、十分な水分補給と止瀉薬(ロペラミド等)の適切な使用が重要です。患者指導としては、乳酸菌食品(乳酸菌飲料やヨーグルト)は下痢を悪化させる可能性があるため避けること、冷たい飲み物や油っこい食事、スパイスの効いた食事を控えることなどが推奨されます。軽度の下痢でも脱水予防のため、水やお茶、スポーツドリンクなどをこまめに摂取するよう指導します。
参考)https://oici.jp/file/202207/gansyu/05A0024-1_20220719.pdf
セツキシマブの副作用管理において、予防的対策は治療完遂のために極めて重要です。皮膚障害に対しては、投与開始前日または開始日から予防的スキンケアを開始することが推奨されます。具体的には、保湿剤(ヘパリン類似物質クリームなど)を1日数回、顔面、手、足、首、背中、胸部に塗布し、日焼け止め(SPF15以上、UVA・UVB遮断効果あり)を外出時に使用します。さらに、1%ヒドロコルチゾンクリーム(ロコイド軟膏)を就寝時に塗布し、ドキシサイクリン(またはミノサイクリン)100mgを1日2回内服することで、皮膚障害の発現を軽減できることが示されています。
参考)https://aizawahospital.jp/aiz/wp-content/uploads/2020/09/AADC-0115.pdf
入浴・洗顔時には刺激の少ない石鹸を使用し、熱いお湯やシャワーを避けること、入浴後は直ちに保湿剤を塗布して乾燥を防ぐことが重要です。ステロイド外用剤を塗布する際は、すり込まずやさしくざ瘡様症状部位にのせる感じで塗布するよう指導します。そう痒が強い場合には抗ヒスタミン薬(レスタミンコーワ錠など)を頓服で使用します。多職種連携の観点では、医師、薬剤師、看護師、皮膚科専門医が協力して患者の皮膚状態を定期的に評価し、グレードに応じた適切な介入を行うことが治療継続率の向上につながります。また、患者教育として、副作用の早期発見と対処法について十分な説明を行い、患者自身がセルフケアできるよう支援することが重要です。
参考)https://www.saimiya.com/images/stories/consult/pharm-d/regimen_pdf/jibika/01Cmab_manual.pdf
セツキシマブは「EGFR陽性の治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸がん」および「局所進行または再発・転移した頭頸部扁平上皮がん」に適応があります。大腸がんにおいては、KRAS遺伝子が野生型の患者に対して有効性が高く、KRAS遺伝子変異陽性患者には効果が期待できないため、治療開始前にKRAS遺伝子変異検査を実施することが必須です。また、BRAF遺伝子に特定の変異を有する患者には、エンコラフェニブとの併用療法が承認されています。頭頸部扁平上皮がんでは、放射線療法との併用、プラチナ製剤を含む化学療法との併用、または単剤療法として使用されます。
参考)Cetuximab[セツキシマブ]
用法・用量は、初回投与時に400mg/m²を120分かけて点滴静注し、2回目以降は250mg/m²を60分かけて週1回投与します。副作用発現時には、症状の程度に応じて用量調節や休薬を考慮する必要があります。皮膚障害がグレード3以上に悪化した場合には、症状が改善するまで休薬し、改善後は減量して再開することが推奨されます。低マグネシウム血症が重度(グレード3:0.9mg/dL以下)となった場合には、硫酸マグネシウムの静注による補正を行いながら、必要に応じて休薬します。補正後も血清マグネシウム値が上昇しない場合や、病状進行が認められる場合には、治療中止を検討することもあります。定期的な血液検査(電解質、肝機能、腎機能など)と画像評価により、副作用の早期発見と適切な用量調節を行うことが、治療効果の最大化と安全性の確保につながります。
参考)https://www.hcpmrkjp.com/wp-content/uploads/product/erx_pi.pdf
アービタックス注射液の添付文書情報(KEGG MEDICUS)
セツキシマブの詳細な副作用情報、用法用量、禁忌事項などの包括的な情報が記載されています。
セツキシマブの日本における市販後調査結果(PubMed Central)
2006症例を対象とした大規模調査により、実臨床におけるセツキシマブの安全性プロファイルと副作用発現頻度が報告されています。
分子標的薬皮膚障害対策マニュアル(三重大学医学部皮膚科)
EGFR阻害薬による皮膚障害の予防的治療プロトコルと、発現時の具体的な対応方法が詳しく解説されています。