パナルジン(チクロピジン)とクロピドグレルは、いずれも血小板凝集を抑制する抗血小板薬として広く使用されていますが、重要な違いがあります。クロピドグレルは、パナルジンの効果はそのままに副作用を減らすことを目的として開発された改良版の薬剤です。両薬剤ともP2Y12 ADP受容体を選択的かつ不可逆的に阻害する作用機序を持ち、血小板内のcAMPを増加させて血小板凝集能を抑制します。
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最も大きな違いは副作用プロファイルにあります。パナルジンは使い始めに副作用が起こりやすく、特に肝機能障害、血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)、無顆粒球症などの重篤な副作用が投与開始後2ヶ月以内に発症することが知られています。そのため、投与開始後2ヶ月間は原則として2週間ごとに血球算定と肝機能検査を実施する必要があります。一方、クロピドグレルではこうした重篤な副作用のリスクが低減されており、定期的な血液検査の必要もないため、患者負担が少ない薬剤となっています。
参考)全日本民医連 
服用方法にも相違があります。パナルジンは1日200~300mgを2~3回に分けて食後に服用しますが、クロピドグレルは1日1回75mgの服用で済みます。この服用回数の違いも、患者のアドヒアランス向上に寄与しています。
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パナルジン(チクロピジン)は、血小板のアデニレートシクラーゼ活性を増強して血小板内cAMP産生を高め、血小板凝集能・放出能を抑制する作用機序を持ちます。チクロピジンはプロドラッグであり、薬剤自体が直接作用するのではなく、体内に入り肝臓で代謝を受けることによってはじめて薬効を発揮します。
参考)チクロピジン - Wikipedia
具体的には、小腸上部で吸収された後、肝で代謝されて不安定な活性代謝物を生成し、肝を通過中の血小板の膜に非可逆的な変化を与えます。血小板には細胞膜上にADP受容体が存在し、このうちP2Y12 ADP受容体を選択的かつ不可逆的に阻害するように働きます。この作用により、アデニル酸シクラーゼが活性化されて血小板内のcAMPが増加し、血小板凝集が抑制されます。
参考)http://image.packageinsert.jp/pdf.php?mode=1amp;yjcode=3399001F1422
代謝の大部分が肝で行われるため、肝機能障害のある患者では代謝が遅延し、副作用のリスクが高まる可能性があります。そのため、投与開始後は定期的な肝機能検査が必須となります。また、腸肝循環により薬剤の体内動態が複雑になることも特徴です。
参考)医療用医薬品 : チクロピジン塩酸塩 (チクロピジン塩酸塩錠…
クロピドグレルもパナルジンと同様にプロドラッグであり、肝臓での代謝を経て活性代謝物となります。しかし、その代謝経路にはパナルジンとの重要な違いがあります。クロピドグレルは主にCYP2C19によって代謝され、活性代謝物となって血小板表面に発現するP2Y12受容体に結合することで血小板凝集を抑制します。
参考)https://www.yakuji.co.jp/entry8703.html
CYP2C19の遺伝子多型がクロピドグレルの効果に大きな影響を与えることが明らかになっています。CYP2C19には機能喪失型(*2変異型など)が存在し、この遺伝子変異を持つ患者では薬剤の代謝が低下し、活性代謝物の生成量が減少するため、十分な血小板凝集抑制効果が得られにくくなります。
参考)壮年期心筋梗塞患者におけるクロピドグレル治療の予後決定因子が…
日本人では約20%がCYP2C19の遺伝子活性が欠損または低下しており、欧米の約3%と比較して著しく高い割合となっています。この遺伝子多型により、同じ用量を投与しても血小板凝集抑制作用に大きな個人差が生じます。CYP2C19*2変異型を持つ患者では、心筋梗塞後の心血管イベントリスクが有意に高くなることも報告されています。
参考)虚血性心疾患と抗血小板薬(パナルジン、プラビックス、エフィエ…
このような背景から、クロピドグレルの効果には個人差があり、CYP2C19の影響を受けやすいという特徴があります。そのため、効果が不十分な場合には用量調整や他の抗血小板薬への変更を検討する必要があります。
参考)患者の「薬物代謝酵素」を知ることが、患者にあった薬の選択への…
国立循環器病研究センター:患者の「薬物代謝酵素」を知ることが、患者にあった薬の選択へ
両薬剤の副作用には重要な違いがあります。パナルジンの最も懸念される副作用は、投与開始後2ヶ月以内に発症しやすい血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)、無顆粒球症、重篤な肝障害です。これらの重大な副作用のため、投与開始後2ヶ月間は2週間ごとに血球算定と肝機能検査を実施することが義務付けられています。
| 副作用の種類 | パナルジン | クロピドグレル | 
|---|---|---|
| 肝機能障害 | 高頻度で報告され、定期的な肝機能検査が必須 | パナルジンより低リスクだが報告あり | 
| 血液障害(TTP、無顆粒球症) | 重篤な症例が多く報告 | 発生リスクは低減 | 
| 皮膚障害 | 皮疹、湿疹、掻痒感が多い | 同様に多く報告される特徴的副作用 | 
| 消化器症状 | 下痢などの報告 | パナルジンより少ない | 
| 出血 | アスピリンより少ない | 
クロピドグレルで特徴的なのは、皮膚障害(皮疹、湿疹、掻痒感、類天疱瘡など)が多く報告されることです。発生機序は過敏症状の一つと考えられていますが、詳しい機序は解明されていません。パナルジンでも同様の皮膚障害が報告されており、これはチエノピリジン系薬剤に共通する副作用パターンと言えます。
クロピドグレルの肝障害リスクはパナルジンと比べれば低いとされていますが、他の抗血小板薬と比較すると明らかに報告件数が多いため、継続したモニタリングが重要です。その他の重大な副作用として、血栓性血小板減少性紫斑病、肝機能障害、黄疸、無顆粒球症、再生不良性貧血を含む汎血球減少症などが添付文書に記載されています。
参考)医療用医薬品 : クロピドグレル (クロピドグレル錠25mg…
出血に関連する副作用は、両薬剤ともアスピリンに比べると少ないことが知られています。しかし、頭蓋内出血、胃腸出血、眼底出血などの重篤な出血性合併症の可能性は常に念頭に置く必要があります。
参考)クロピドグレル:どんな薬?費用や副作用は?日常生活の注意点は…
民医連:抗血小板薬の副作用に関する安全性情報
両薬剤の適応症には重なる部分も多いですが、使用方法には明確な違いがあります。パナルジンは1日200~300mgを2~3回に分けて食後に経口投与し、1日200mgの場合は1回投与も可能です。投与開始後2ヶ月間は、原則として1回2週間分の処方に制限されます。
参考)くすりのしおり : 患者向け情報
一方、クロピドグレルの使用方法はより簡便です。虚血性脳血管障害(心原性脳塞栓症を除く)後の再発抑制には、通常成人1回75mgを1日1回経口投与します。経皮的冠動脈形成術(PCI)が適用される急性冠症候群や末梢動脈疾患においては、投与開始日に300mgを1日1回投与し、その後維持量として1日1回75mgを投与します。
参考)医療用医薬品 : クロピドグレル (クロピドグレル錠25mg…
| 項目 | パナルジン | クロピドグレル | 
|---|---|---|
| 服用回数 | 1日2~3回分割 | 1日1回 | 
| 通常用量 | 200~300mg/日 | 75mg/日 | 
| 血液検査 | 投与開始後2ヶ月間、2週間ごとに必須 | 定期検査不要 | 
| 処方制限 | 投与開始後2ヶ月間は2週間分まで | 制限なし | 
| ローディング | なし | PCI時300mg投与可能 | 
クロピドグレルは大量投与により血中濃度を速やかに引き上げることができるという特徴があり、急性冠症候群などで迅速な効果発現が必要な場合に有利です。パナルジンではこのようなローディング投与は設定されていません。
主な適応症として、パナルジンは血管手術および血液体外循環に伴う血栓・塞栓の治療、慢性動脈閉塞症に伴う阻血性諸症状の改善、虚血性脳血管障害に伴う血栓・塞栓の治療、クモ膜下出血術後の脳血管攣縮に伴う血流障害の改善などに使用されます。クロピドグレルは虚血性脳血管障害後の再発抑制、経皮的冠動脈形成術が適用される急性冠症候群、末梢動脈疾患における血栓・塞栓形成の抑制などに適応があります。
参考)医療用医薬品 : パナルジン (パナルジン錠100mg 他)
抗血小板薬を複数併用する場合、出血リスクが著しく増大するため慎重な管理が必要です。特にアスピリンとクロピドグレルの2剤併用療法(DAPT)は、ステント留置後の患者などで広く実施されていますが、出血性合併症のリスク評価が重要となります。
参考)医療従事者向け情報サイト Nxera Door|ネクセラファ…
日本人を対象とした臨床研究によると、抗血小板薬1剤を内服している場合の出血リスクを1とすると、2剤併用では出血リスクが有意に上昇します。そのため、DAPT実施時には患者の出血リスク因子(高齢、低体重、腎機能障害、消化性潰瘍の既往など)を慎重に評価する必要があります。
参考)虚血性心疾患:虚血性心疾患の外来治療(抗血小板薬の管理と二次…
併用注意となる薬剤も多岐にわたります。抗凝固薬(ワルファリン、直接経口抗凝固薬など)、他の抗血小板薬(チクロピジン、シロスタゾール、オザグレルナトリウムなど)、血栓溶解薬、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)などとの併用により、出血の危険性が増大します。これらの薬剤を併用する場合は、観察を十分に行い、出血徴候に注意することが求められます。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00055195.pdf
パナルジンとクロピドグレルの切り替えに関する研究では、チクロピジンからクロピドグレルへの切り替えにより、血小板凝集能が維持または増強される症例が多いことが報告されています。切り替え後の副作用として軽度の肝機能障害や皮疹が出現する症例もありますが、多くは軽症で管理可能です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jstroke/31/5/31_5_291/_pdf/-char/ja
医療従事者は、両薬剤の特徴を十分に理解し、患者個々の病態、併存疾患、遺伝子多型の可能性、出血リスク、アドヒアランスなどを総合的に評価して薬剤選択を行うことが重要です。特にクロピドグレルではCYP2C19遺伝子多型による効果不十分例が存在するため、必要に応じて血小板機能検査の実施や他剤への変更を検討することも選択肢となります。
参考)CareNet Academia
薬剤師向け:プラビックスとパナルジンの詳細比較