プロタミンは低分子量の強塩基性蛋白であり、サケ科などの魚類の成熟した精巣から得られる塩基性ポリペプチドの硫酸塩です。その主要な作用機序は、血液中でヘパリンおよびヘパリン様物質と結合して生理学的不活性物質を形成することにより、ヘパリンの血液凝固阻止作用と拮抗する点にあります。具体的には、アンチトロンビン(AT)と結合しているヘパリンから、プロタミンがヘパリンを引き離してプロタミン・ヘパリン複合体を形成し、ATの抗トロンビン作用を解除します。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00063579.pdf
プロタミンのヘパリンに対する中和能力は非常に高く、in vitroおよびin vivo試験において、プロタミン1mgに対してヘパリン89.9~109.8単位を中和することが確認されています。この中和作用は化学的な滴定法、比濁法、生物学的な凝固法など複数の測定方法で量的に実証されており、臨床現場での信頼性の高い治療薬として位置づけられています。
プロタミンの薬物動態については、3H標識プロタミン硫酸塩を用いた家兎での研究から詳細なデータが得られています。静脈内投与後、約2分の半減期で急速に血中から減少しますが、約30%の放射活性は投与後2時間でも血中に存在していることが報告されています。臓器分布では、投与2~3時間後に腎臓で最も高い濃度を示し、肝臓、肺、胆汁中にも多く分布する一方、脳にはほとんど認められません。この分布特性は、プロタミンが血液脳関門を通過しにくいことを示しており、中枢神経系への影響が少ないという安全性の根拠となっています。
プロタミンによるヘパリン中和の生化学的メカニズムは、静電的相互作用に基づいています。プロタミンは強い正電荷を持つ塩基性ペプチドであり、負電荷を持つヘパリンの硫酸基と強く結合します。この結合により形成されるプロタミン・ヘパリン複合体は網内系に取り込まれて処理されるため、ヘパリンの抗凝固活性が失われます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11315261/
ヘパリンの抗凝固作用は、ATと結合してトロンビン(第II因子)および活性化第X因子(Xa)の活性を阻害することで発揮されます。プロタミンはこのヘパリン-AT複合体からヘパリンを解離させることにより、ATの抗凝固活性を抑制します。このため、プロタミン投与後は活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)やトロンビン時間が速やかに短縮し、正常な凝固能が回復します。
参考)抗凝固薬 まとめ│医學事始 いがくことはじめ
興味深いことに、プロタミンは未分画ヘパリンに対して最も効果的ですが、低分子ヘパリンに対する中和効果は限定的です。低分子ヘパリン製剤であるエノキサパリンは、プロタミンによって最大60%しか中和されません。これは低分子ヘパリンの抗Xa活性がプロタミンによって十分に中和されないためです。さらに、合成的選択的Xa阻害薬であるフォンダパリヌクスに対しては、プロタミンはほとんど中和効果を示しません。
参考)https://www.shirasagi-hp.or.jp/goda/fmly/pdf/files/382.pdf
プロタミンの投与量は、投与したヘパリン量およびヘパリン投与後の時間経過により異なるため、慎重な計算が必要です。通常、ヘパリン1,000単位に対してプロタミン硫酸塩として10~15mg(本剤1.0~1.5mL)を投与しますが、最終的な投与量はプロタミンによる中和試験により決定することが推奨されています。
参考)医療用医薬品 : プロタミン硫酸塩 (商品詳細情報)
未分画ヘパリンの血中半減期は約1時間と短いため、ヘパリン投与のタイミングを考慮した投与量調整が重要です。例えば、未分画ヘパリン静注数分以内に用いる場合には、未分画ヘパリン100単位あたりプロタミン1mgが必要ですが、静注1時間後に投与する場合には未分画ヘパリン100単位あたりプロタミン0.5mgで十分です。ヘパリン投与中止後4~6時間経過すればヘパリンの効果は消失するため、プロタミンによる中和は必要ありません。
参考)https://med.mochida.co.jp/interview/prt-n_n22.pdf
人工心肺使用時の抗凝固管理においては、活性凝固時間(ACT)を用いたモニタリングが広く行われています。精密なプロタミン投与量の決定方法として、ACTとヘパリナーゼを用いてヘパリンを分解したACT(H-ACT)を同時に測定し、その差からヘパリンの残存機能を推測する方法も報告されています。プロタミンを少量ずつ投与していき、ACTとH-ACTの差がなくなった時点でヘパリン中和を完了する手法により、過不足のない適正投与が可能となります。
参考)https://tokyo-mc.hosp.go.jp/wp-content/uploads/2022/11/000153705_22.pdf
近年の研究では、従来の固定比率法(プロタミン:ヘパリン=1:1)よりも、数学的モデルを用いた投与量計算により、プロタミン投与量を減少させつつ適切な中和効果が得られることが示されています。プロタミン:ヘパリン比を0.9:1または0.8:1に減少させても、術後出血量に有意差がなく、プロタミンの副作用リスクを低減できる可能性が報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8216535/
プロタミンの投与に際しては、重大な副作用に注意が必要です。主な副作用は、(A)急速投与による低血圧、(B)アナフィラキシー反応、(C)肺血管収縮による肺高血圧の3つに分類されます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/42/5/42_445/_pdf/-char/ja
急速投与による低血圧は最もよく見られる副作用であり、プロタミンの一過性の血管拡張作用によりしばしば低血圧を生じます。この副作用を防ぐため、投与速度の管理が極めて重要です。添付文書では、通常1回につき50mg(5mL)を超えない量を生理食塩液または5%ブドウ糖注射液100~200mLに希釈し、10分間以上をかけて徐々に静脈内に注入することが推奨されています。急速投与では呼吸困難、血圧低下、徐脈などの症状が出現するリスクが高まります。
参考)https://www.tokushima-med.jrc.or.jp/file/attachment/3634.pdf
アナフィラキシー反応の発生頻度は0.69%と報告されており、投与速度には関係なく、皮膚症状、粘膜浮腫、気管支収縮、循環抑制を主症状とします。特にリスクが高い患者群として、プロタミン含有中間型(NPH)インスリンの投与歴がある患者が挙げられます。NPHインスリンに感作された患者では、非感作患者に比べ、プロタミンアナフィラキシー反応の発生頻度が数倍~10倍前後になるとの報告があり、特に注意が必要です。その他の危険因子として、魚アレルギー、アレルギー素因、過去のプロタミン投与歴などが挙げられます。
参考)302 Found
肺高血圧症は、肺動脈圧の上昇、血圧低下、頻脈などの症状として現れることがあります。また、循環器系の副作用として血圧降下や徐脈、皮膚の一過性皮膚潮紅や温感、消化器系の悪心・嘔吐なども報告されています。
プロタミンの過量投与は、それ自体が軽度の抗凝固作用を持つため注意が必要です。動物実験では過量投与により赤血球凝集、好酸球増多、血小板減少、炎症性肺動脈内膜病変、肝血管閉塞などが報告されています。体外循環後のプロタミン投与においては、プロタミン/ヘパリン比が2.6:1を超えるとACTが著明に延長し、5:1を超えると血小板機能低下を認めることが示されています。このため、ヘパリン中和量を超えて過量に投与しないことが重要です。
人工心肺を用いる心臓血管外科手術では、体外循環中にヘパリンによる全身抗凝固療法が必須であり、体外循環終了後にはプロタミンによるヘパリン中和が標準的に行われています。人工心肺手術におけるプロタミン使用の実際について、詳細な管理プロトコルが確立されています。
参考)21件目—プロタミンの投与量はどのように決定するか (LiS…
人工心肺離脱後のプロタミン投与量決定には、ヘパリン初回投与量または総投与量に基づく方法と、ACTなどのモニタリング値に基づく方法があります。一般的には、ヘパリン1,000単位に対してプロタミン10~15mgを投与しますが、体外循環時間や患者の状態により個別化が必要です。追加投与については、APTTやACTを用いて評価を行い、凝固能が十分に回復していない場合に10mg、20mg、30mgと段階的に追加する方法が取られます。
Hepcon HMS(Hemostasis Management System)などの装置を用いることで、体外循環中のヘパリン濃度をリアルタイムでモニタリングし、個別化されたプロタミン投与量を算出することが可能です。この方法により、従来の体重ベースの投与法と比較して、プロタミン投与量を減少させながら適切な中和効果が得られ、術後出血量の減少や輸血必要量の低減が報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10865773/
人工心肺手術においては、プロタミン投与後の血圧低下が臨床的に重要な問題となります。ウリナスタチンはタンパク分解酵素阻害剤であり、心筋抑制因子産生を抑制する薬剤ですが、プロタミンの心毒性や血圧低下作用を軽減する可能性が動物実験で示されています。このような補助的治療法の開発により、プロタミンの安全性向上が期待されています。
参考)https://rinri.yamanashi.ac.jp/wp-content/uploads/2024/03/202404_2799.pdf
低分子ヘパリンや新規抗凝固薬に対するプロタミンの中和効果は、未分画ヘパリンとは大きく異なるため、臨床上の重要な注意点となっています。プロタミンによる中和作用はヘパリン製剤の分子量に依存するため、低分子ヘパリンに対しては部分的な中和効果しか得られません。
参考)https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282679834210560
低分子ヘパリン製剤であるエノキサパリン(商品名クレキサン)は、平均分子量約4,500で、抗Xa活性と抗IIa活性の比が約4:1と、抗Xa活性が優位です。プロタミンはエノキサパリンの抗トロンビン活性を速やかに中和しますが、抗Xa活性は最大60%しか中和できません。in vivoおよびin vitro研究において、ヘパリンの抗トロンビン活性と抗Xa活性は完全に中和されるのに対し、低分子ヘパリンでは抗トロンビン活性のみが完全に中和され、抗Xa活性は抵抗性を示すことが確認されています。
エノキサパリン投与後の出血時の対応としては、投与後の時間により推奨されるプロタミン投与量が異なります。投与後8時間以内であればプロタミン1mg/エノキサパリン100IU、8~12時間以内であればプロタミン0.5mg/エノキサパリン100IU、12時間以上経過していれば中和は不要とされています。血中半減期が3~7時間と未分画ヘパリンより長いため、時間経過を考慮した投与量調整が重要です。
さらに問題となるのは、合成選択的Xa阻害薬であるフォンダパリヌクス(商品名アリクストラ)です。フォンダパリヌクスは分子量1,728の合成ペンタサッカリドで、抗Xa活性と抗IIa活性の比が約7,400:1と極めて抗Xa選択的です。プロタミンはフォンダパリヌクスをほとんど中和しないため、重篤な出血が発生した場合には、投与中止、外科的止血、新鮮凍結血漿(FFP)投与、血漿交換(PE)などの対応が必要となります。遺伝子組み換え活性化第VII因子製剤も有効な可能性がありますが、保険適応はありません。
血液透析における低分子ヘパリンのモニタリングとプロタミン中和については、専門的な検討が行われています。低分子ヘパリン血液透析時のモニター法およびプロタミン中和率の研究により、適切なモニタリング方法と中和プロトコルの確立が進められています。
参考)低分子ヘパリン血液透析時モニター法およびプロタミン中和率の検…
血液透析や人工心肺による血液体外循環終了時にヘパリンをプロタミンで中和する場合、反跳性の出血(ヘパリンリバウンド)があらわれることがあります。これは臨床上重要な合併症であり、適切な理解と対策が必要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jject/50/4/50_421/_pdf/-char/ja
反跳性出血の機序は、プロタミン・ヘパリン複合体の代謝過程に関連しています。プロタミン・ヘパリン複合体は網内系に取り込まれて処理されますが、その前に血液中の蛋白分解酵素によってプロタミンが分解され、ヘパリンが複合体から遊離するためと説明されています。また、蛋白結合していた、あるいは血管内皮に取り込まれていたヘパリンが解離して血液中に出現することも、反跳性出血の一因とされています。
プロタミンはヘパリンに比べて比較的速く消失するため、血中ヘパリン濃度が再上昇し、抗凝固作用が再び現れる可能性があります。プロタミンの半減期は約2分と非常に短く、投与後2時間でも約30%の放射活性が残存するものの、大部分は急速に消失します。一方、ヘパリンの半減期は約1時間であり、体内貯留部位からの徐放により血中濃度が維持されることがあります。
反跳性出血への対応として、硫酸プロタミンを少量追加することにより防ぐことが可能です。具体的には、術後の凝固モニタリングを継続的に行い、APTTやACTの延長が認められた場合には、適宜プロタミンの追加投与を行います。添付文書においても、「反跳性の出血があらわれることがあるが本剤を少量追加することにより防ぐことができる」と記載されています。
プロタミン投与直前、直後および2時間後にAPTTを測定し、中和効果を判定することが推奨されています。この継続的モニタリングにより、ヘパリンリバウンドの早期発見と適切な追加投与が可能となります。また、繰り返し投与が必要となることがあることを念頭に置き、術後数時間は注意深い観察が必要です。
日本血栓止血学会による凝固促進薬の詳細な解説(PDF)
プロタミンとビタミンKの作用機序、投与方法、低分子ヘパリンへの対応などが専門的に記載された参考資料です。
プロタミン硫酸塩注射液の添付文書(PDF)
プロタミンの効能・効果、用法・用量、重要な基本的注意、副作用、薬物動態など、医療従事者向けの包括的な製品情報が記載されています。