CO₂ナルコーシス(二酸化炭素ナルコーシス)は、血液中の二酸化炭素濃度が異常に高くなることで引き起こされる「二酸化炭素中毒」とも呼ばれる病態です。呼吸中枢が抑制され、呼吸が浅くなったり遅くなったりすることで、体内の酸素濃度が低下し、意識障害や昏睡状態に陥る可能性があります。慢性閉塞性肺疾患(COPD)や肺炎、肺水腫などの呼吸器疾患に伴って発症することが多く、医療従事者として適切な知識と対応が求められます。
参考)https://jaca2021.or.jp/news/co2-narcosis/
ナルコーシスの初期症状として最も多いのが頭痛と眠気です。頭痛は二酸化炭素濃度の上昇によって脳血管が拡張することで起こり、その痛みは徐々に強くなっていきます。眠気は二酸化炭素濃度の上昇が脳の活動を抑制することで生じると考えられています。また、呼吸促迫、頻脈、発汗といった症状もよく見られます。これらの初期症状は血液中の二酸化炭素濃度が上昇することによって引き起こされるため、早期発見が重要です。
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CO₂ナルコーシスが進行すると、集中力の低下や判断力の低下が見られるようになります。これらの症状は脳の活動が抑制されることによって引き起こされ、物事に集中することが難しくなったり、適切な判断を下すことが困難になります。さらに進行すると意識レベルの低下が顕著になり、傾眠から昏睡に至ることもあります。CO₂ナルコーシスは、意識障害、高度の呼吸性アシドーシス、自発呼吸の減弱という3つを特徴とする中枢神経症状が出現します。
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CO₂ナルコーシスが進行すると呼吸困難が現れます。呼吸困難の症状としては、呼吸数の増加、呼吸のリズムの乱れ、呼吸が浅くなる、息苦しさを訴えるといったものが挙げられます。重症化すると呼吸が抑制され、呼吸回数が減弱していくため、呼吸回数は重要な観察ポイントとなります。呼吸中枢が抑制されることで自発呼吸の減弱が生じ、体内の酸素濃度がさらに低下する悪循環に陥ります。
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CO₂ナルコーシスでは上記の主要な症状以外にも、様々な症状が現れる可能性があります。吐き気や嘔吐、筋肉のけいれん、不整脈などが挙げられ、これらの症状は二酸化炭素濃度の上昇が体の様々な部位に影響を及ぼすことで引き起こされると考えられています。また、血液ガス分析では動脈血二酸化炭素分圧(PaCO₂)が正常上限である45mmHg以上に上昇していることが特徴的で、動脈血酸素分圧(PaO₂)の低下を伴う場合もあります。呼吸性アシドーシスの有無を確認することも診断において重要です。
ナルコーシスという用語には、CO₂ナルコーシスの他に「窒素酔い(窒素ナルコーシス)」も存在します。窒素酔いは、スクーバダイビングなど高分圧(通常3〜4気圧程度以上)の窒素を摂取すると発症する一種の中毒症状で、多幸感と総称される精神の高揚状態が特徴です。深く潜れば潜るほど圧力が大きくなり、体内に濃い濃度の窒素が吸収されていきます。窒素分圧が十分に下がれば特に後遺症もなく回復することが特徴ですが、CO₂ナルコーシスとは病態や発症機序が全く異なります。医療現場で「ナルコーシス」と言う場合は通常CO₂ナルコーシスを指しますので、文脈に応じた正確な理解が必要です。
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日本急性期ケア専門士認定機構 - CO₂ナルコーシスの症状と発症機序について詳しく解説しています
神戸岸田クリニック - CO₂ナルコーシスの症状から診断、治療まで包括的に説明しています
呼吸運動は血液中のCO₂の上昇やpHが低下することによって促進されています。これを感知するセンサーの働きをしているのが延髄にある中枢化学受容野と末梢化学受容体です。通常、呼吸運動は中枢化学受容野においてCO₂上昇の感知によって促進されていますが、COPDなど慢性的な高炭酸ガス血症状態が続くと、体が慣れてしまい、呼吸を調節する中枢が血中酸素濃度に過敏になります。このような状態の患者に高濃度の酸素投与を行うと、「酸素濃度が上がった」と中枢は感じ、呼吸を抑制する機能が働いてしまい、低換気がさらに進行してCO₂ナルコーシス状態となります。
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CO₂ナルコーシスが疑われたら、まず患者の病歴問診と身体診察が行われます。問診では呼吸器疾患の既往歴や最近の呼吸状態の変化などを確認し、CO₂ナルコーシスの原因となり得る環境状態についても詳しく調べます。診察では呼吸数や呼吸パターンの異常、チアノーゼの有無などを観察します。さらに神経学的所見として、意識レベルや反射の異常なども評価することが重要です。診断が遅れると重篤な合併症を引き起こす可能性があるため、適切な診察と検査によって早期に診断することが求められます。
CO₂ナルコーシスの診断において最も重要な検査が血液ガス分析です。これは動脈血を採取し、血中の二酸化炭素分圧(PaCO₂)と酸素分圧(PaO₂)を測定します。CO₂ナルコーシスではPaCO₂が正常上限である45mmHg以上に上昇していることが特徴的で、PaO₂の低下を伴う場合もあります。血液ガス分析では酸塩基平衡の評価も行われ、呼吸性アシドーシスの有無を確認することが診断において重要です。救急搬送後、5分以内に血液ガス分析を実施し、結果を確認できる体制が望ましいとされています。
参考)https://kango-oshigoto.jp/hatenurse/article/1579/
CO₂ナルコーシスの診断にあたっては、胸部X線写真や胸部CT検査などの画像検査が行われることもあります。これらの検査ではCO₂ナルコーシスの原因となる肺疾患の有無を評価します。胸部X線写真では肺の過膨張所見が認められることがあり、これは慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの肺疾患によって肺の弾性収縮力が低下し、肺が過膨張した状態になることで生じます。胸部CT検査はCO₂ナルコーシスの原因となる肺疾患の評価に有用で、COPDでは気腫性変化によって肺野にブラや低吸収域が多発し、間質性肺炎ではすりガラス影や網状影、蜂巣肺などの特徴的な所見が確認されます。
CO₂ナルコーシスの診断に際しては、必要に応じてその他の検査も行われます。神経筋疾患が疑われる場合には筋電図や神経伝導検査などが、睡眠時無呼吸症候群が疑われる場合には終夜睡眠ポリグラフ検査が考慮されます。また、CO₂ナルコーシスの原因となる環境下が疑われる場合には環境測定なども行われることがあります。これらの検査結果を総合的に評価することで、CO₂ナルコーシスの正確な診断と原因の特定が可能となります。画像所見と血液ガス分析の結果を総合的に判断することで、CO₂ナルコーシスの正確な診断と重症度評価が可能となるため、複数の画像検査を組み合わせて評価することが重要です。
CO₂ナルコーシスの治療では換気の改善が治療の中心となります。軽症例では酸素療法や体位ドレナージなどの保存的治療が行われますが、重要なことは「低酸素血症は積極的に改善しながら、加えて、CO₂ナルコーシスを考慮してSpO₂が高くなりすぎないように管理すること」です。CO₂ナルコーシスを恐れるあまり、呼吸不全の患者に酸素投与をしないのは誤りであり、呼吸不全には不整脈や心筋梗塞など致命的な病態を引き起こす可能性があるため、酸素投与を行いながら観察を強化する必要があります。GOLDガイドラインでは、COPDの急性増悪時の酸素療法におけるターゲットSpO₂を88〜92%とすることを推奨しています。
中等症以上の症例では非侵襲的陽圧換気(NPPV)や侵襲的人工呼吸管理が選択されることがあります。NPPVはマスクを通して陽圧換気を行う方法で、気道の虚脱を防ぎ、換気を補助します。NPPVは二酸化炭素の蓄積に効果がありガス交換を改善させ、酸素療法と比較すると症例に合わせて細かな設定ができることが強みです。CO₂ナルコーシスに陥ったうえに呼吸抑制や意識障害が現れた場合、非侵襲的陽圧換気(NPPV)や気管挿管下での人工呼吸器管理が必要になります。侵襲的人工呼吸管理では気管挿管や気管切開によって人工呼吸器を装着し、直接的に換気を行います。
参考)https://kango-oshigoto.jp/hatenurse/article/9803/
CO₂ナルコーシスの治療では病態に応じて様々な薬剤が使用されます。呼吸刺激剤としてdoxapramやalmitrine、progesteroneなどが用いられることがあり、これらの薬剤は呼吸中枢を刺激し、換気を促進させる作用があります。また、呼吸性アシドーシスに対しては重炭酸ナトリウムの投与が行われる場合があり、アシドーシスを補正し、呼吸中枢の感受性を改善させる効果が期待できます。鎮静薬や鎮痛薬は、人工呼吸管理中の患者に対して使用されることがあります。原因疾患の治療も重要で、慢性閉塞性肺疾患(COPD)では気管支拡張薬や吸入ステロイド薬などの薬物療法が行われ、間質性肺炎ではステロイド薬や免疫抑制薬などが使用されることがあります。
CO₂ナルコーシスの治癒までの期間は原因疾患や重症度によって大きく異なります。軽症例では原因の除去と適切な治療によって数日から数週間で改善することが多いです。一方、重症例では人工呼吸管理を要する場合があり、治療に数週間から数ヶ月を要することもあります。早期診断と迅速で適切な治療を行えば予後は良好です。CO₂ナルコーシスを悪化させる原因の1つに「呼気の再吸入」もあり、これは酸素マスクなどのディバイスで起こしやすくなるため、酸素投与ディバイスを呼気の再吸入が防止できるもの(酸素カニューレや開放型酸素マスクなど)に変更するという方法も有効です。
CO₂ナルコーシスを回避する看護において、呼吸回数・呼吸パターンの観察が重要です。呼吸が抑制されると呼吸回数が減弱していくため、呼吸回数は重要な観察ポイントとなります。呼吸数の減弱がみられたら、意識レベル、SpO₂の値を確認し、観察した所見の経時的な変化を見て判断していくことが重要です。CO₂ナルコーシスの徴候を見逃さないように、患者の状態をよく観察し、可能であれば頻回の動脈血ガス分析を実施し、アシドーシスの有無を確認する必要があります。既往歴の聴取はとても重要で、酸素投与を行いながら患者が話をできるなら、COPDの既往があるかどうかを聞いてみることが推奨されます。
CO₂ナルコーシスを起こしやすい疾患には、呼吸器疾患として慢性閉塞性肺疾患、肺結核後遺症、間質性肺炎、肺気腫、気管支喘息などがあり、神経筋疾患として筋萎縮性側索硬化症(ALS)、筋ジストロフィー、重症筋無力症などがあります。患者が呼吸不全のうち「Ⅱ型呼吸不全」であった場合は、「低換気状態」であると考えられ、多く見られるのは慢性閉塞性肺疾患(COPD)が原因で起こるケースです。COPDの既往があるなど、CO₂ナルコーシスのリスクが高いと考えるときは「ターゲット酸素飽和度」を利用することが推奨されています。感染症などでCOPDが悪化した患者は、病態の改善に伴い呼吸が正常な状態に戻っていくため、病態が改善してきている時期も注意が必要です。
CO₂ナルコーシスの再発を防ぐには、まず原因となる呼吸器疾患の適切な管理が不可欠です。慢性閉塞性肺疾患(COPD)や間質性肺炎などの基礎疾患がある場合には定期的な診察と治療の継続が求められます。COPDでは禁煙や薬物療法、呼吸リハビリテーションなどによって病状の進行を抑制することが重要です。生活習慣の改善も欠かせず、喫煙は呼吸器疾患の主要な危険因子であるため禁煙が強く推奨され、肥満は呼吸機能に悪影響を及ぼすため適正体重の維持が重要です。運動習慣は呼吸機能の維持・改善に役立ちますが、過度な運動は呼吸状態を悪化させる可能性があるため医療従事者の指導のもと、適度な運動を心がけることが大切です。
CO₂ナルコーシスの再発予防において感染症予防は重要な役割を果たします。呼吸器感染症はCO₂ナルコーシスの原因となる呼吸不全を悪化させる可能性があるためです。インフルエンザや肺炎球菌などに対するワクチン接種は感染症予防に有効で、手洗いやマスクの着用などの一般的な感染対策も欠かせません。CO₂ナルコーシスの再発を早期に発見するためには定期的な診察が重要で、呼吸器疾患を持つ患者は症状の変化に注意を払い、定期的に医療機関を受診することが推奨されます。一定期間ごとに現在の症状や検査結果をチェックすることで、再発の兆候を見逃すことがなくなります。
| 観察項目 | 正常値 | CO₂ナルコーシスの値 | 重症度 |
|---|---|---|---|
| PaCO₂ | 35-45 mmHg | 45 mmHg以上 | 高値ほど重症 |
| SpO₂ | 95-100% | 88-92%(COPD患者のターゲット) | 低下で重症化 |
| 意識レベル | 清明 | 傾眠〜昏睡 | 低下で重症 |
| 呼吸数 | 12-20回/分 | 減少または増加 | 変化で要注意 |
| pH | 7.35-7.45 | 7.35未満 | 低値で呼吸性アシドーシス |
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