性ホルモンは主に性腺(卵巣・精巣)から分泌されるステロイドホルモンで、生殖機能の調整だけでなく、全身の健康維持に重要な役割を果たしています。性ホルモンは男性ホルモン(アンドロゲン)と女性ホルモンに大別され、女性ホルモンはさらにエストロゲン(卵胞ホルモン)とゲスターゲン(黄体ホルモン)に分類されます。これらのホルモンの受容体は血管、骨、脳、生殖器、皮膚など全身に存在しており、様々な組織で生理的な作用を発揮しています。
参考)健康や生殖、心にも作用する「性ホルモン」
性ホルモンの分泌は視床下部-下垂体-性腺系によって精密に調節されています。視床下部から分泌される性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)が下垂体前葉に作用し、卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体形成ホルモン(LH)の分泌を促進します。これらの性腺刺激ホルモンが性腺に作用することで、最終的に性ホルモンが産生・分泌されます。さらに、性ホルモンは視床下部や下垂体にフィードバック作用を及ぼし、自身の分泌量を調節する複雑な調節機構が存在しています。
参考)性ホルモン - Wikipedia
男性ホルモンであるアンドロゲンには、テストステロン、ジヒドロテストステロン(DHT)、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)などが含まれます。テストステロンは精巣のライディッヒ細胞から主に分泌され、男性の第二次性徴の発現、精子形成、筋肉量と骨密度の維持、性欲の調整などに関与しています。ジヒドロテストステロンは、テストステロンが5α-還元酵素によって変換された代謝産物で、男性性器の発達や体毛の増加、前立腺の発育などに強力に作用します。デヒドロエピアンドロステロンは副腎皮質から分泌され、テストステロンやエストロゲンの前駆体として機能します。
参考)性ホルモンとは - 渋谷ウエストクリニック
女性ホルモンであるエストロゲンには、エストラジオール(E2)、エストロン(E1)、エストリオール(E3)の3種類が存在します。エストラジオールは最も強力な生理活性を持ち、初経から閉経までの期間に主要なエストロゲンとして機能します。これらは女性の第二次性徴の発達、月経周期の調整、子宮内膜の増殖、骨密度の維持、血管の保護作用などに関与しています。エストロゲンは卵巣の顆粒層細胞で産生されるほか、副腎や脂肪組織でもアンドロゲンからアロマターゼ酵素によって変換されて生成されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6148803/
黄体ホルモンの代表であるプロゲステロンは、排卵後に卵巣の黄体から分泌されます。主な作用として、子宮内膜を受精卵の着床に適した状態に変化させる、妊娠の維持、基礎体温の上昇、乳腺の発達などがあります。プロゲステロンはエストロゲンと協調して作用し、女性の生殖機能を調整する重要な役割を担っています。
参考)女性ホルモンを増やすには?エストロゲン・プロゲステロンの作用…
性ホルモンの分泌調節は、視床下部-下垂体-性腺系による階層的なホルモンカスケードとフィードバック機構によって行われます。視床下部の神経細胞から分泌されたGnRHは、下垂体門脈を通って下垂体前葉に到達し、性腺刺激ホルモン産生細胞に作用してLHとFSHの合成・分泌を促進します。LHは主にライディッヒ細胞の受容体と結合してテストステロン合成を促し、FSHはセルトリ細胞や顆粒層細胞に作用して精子形成や卵胞発育を促進します。
参考)https://www.genken.nagasaki-u.ac.jp/genetech/genkenbunshi/pdf/H25.7.17.pdf
性腺から分泌された性ホルモンは、視床下部および下垂体に作用してGnRHやLH、FSHの分泌を調節するネガティブフィードバック機構を形成しています。性ホルモンの血中濃度が上昇すると、視床下部や下垂体への抑制的なフィードバックが働き、性腺刺激ホルモンの分泌が減少します。逆に性ホルモンの濃度が低下すると、フィードバックが解除されて性腺刺激ホルモンの分泌が増加し、性腺からの性ホルモン産生が促進されます。この精密な調節機構により、体内の性ホルモンレベルは適切な範囲に維持されています。
参考)https://www.genken.nagasaki-u.ac.jp/genetech/genkenbunshi/pdf/H24.1.12.pdf
女性の性周期においては、さらに複雑な調節機構が存在します。卵胞期にエストラジオール濃度が上昇すると、通常のネガティブフィードバックとは逆に、視床下部と下垂体に対してポジティブフィードバックとして作用し、GnRHとLHの大量分泌(LHサージ)を引き起こします。このLHサージによって排卵が誘発され、その後プロゲステロンの分泌が始まることで黄体期へと移行します。このように、エストロゲンとプロゲステロンは周期的に分泌量が変動し、互いにバランスを取り合いながら月経周期を調節しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9364933/
月経周期と女性ホルモンのメカニズムの詳細な解説(日本産科婦人科学会)
テストステロンは男性において、声変わり、体毛の増加、筋肉の発達など男性の第二次性徴を促進し、精子の生成と性欲の維持に不可欠です。さらに、筋肉量と骨密度の維持、内臓脂肪の蓄積抑制、造血作用の促進、動脈硬化の予防などにも関与しています。女性でも卵巣や副腎から少量のテストステロンが分泌されており、性欲の調整や筋肉・骨の健康維持に役立っています。
参考)https://nishibeppu.hosp.go.jp/files/000151509.pdf
エストロゲンは女性において、乳房の発達、骨盤の拡大、体脂肪の分布など女性的な体づくりを促進します。生殖機能面では、子宮内膜を厚くして受精に適した環境を整え、生殖器を受精に適した状態にします。エストロゲンの重要な生理作用として、骨粗鬆症の予防、血管をしなやかに保つ作用(動脈硬化予防)、善玉コレステロールの増加と悪玉コレステロールの減少、皮膚の潤いやハリの維持などがあります。また、認知機能の維持にも役立つと考えられています。
参考)女性ホルモンと動脈硬化
プロゲステロンは主に妊娠の準備と維持に関わるホルモンで、基礎体温を上昇させ、子宮内膜をふかふかにして着床に適した状態にします。排卵後から次の月経までの黄体期に分泌量が増加し、妊娠が成立するとその高い分泌量が維持されます。プロゲステロンはエストロゲンやテストステロンとの相互作用によってホルモンバランスを調節する役割も担っています。
参考)女性の「ホルモンバランス」は乱れやすい!整える方法とは?|大…
性ホルモンの分泌量は性別と年齢によって大きく異なります。女性ではエストロゲンの分泌量は20代でピークを迎え、30代後半から徐々に減少し始め、45~55歳の更年期に入ると急激に低下します。男性のテストステロンは思春期に急激に増加し、成人期に高値を維持した後、40代以降は徐々に低下していきます。
参考)アンドロゲン - Wikipedia
性ホルモンの異常は、視床下部-下垂体-性腺系のいずれかのレベルで生じる可能性があります。性腺(卵巣、精巣)自体の異常による原発性と、視床下部や下垂体の異常による続発性(二次性)に分類されます。性ホルモン異常の症状は、性分化、二次性徴の発現および維持、月経、排卵、精子形成の異常として現れ、年齢によって対象となる疾患が大きく異なるのが特徴です。
参考)婦人科・性腺ホルモン
男性ホルモンの異常として、男性ホルモン産生腫瘍、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)、先天性副腎過形成などでテストステロンの高値が認められます。PCOSでは、LHの上昇によってテストステロンが増加し、排卵障害や男性化徴候を呈します。一方、男性更年期障害(加齢性腺機能低下症、LOH症候群)では、テストステロンの低下により、性機能低下、認知機能の低下、抑うつ状態のほか、糖尿病、肥満、メタボリックシンドローム、骨粗鬆症、心血管疾患のリスクが高まることが報告されています。
参考)遊離テストステロン|臨床検査項目の検索結果|臨床検査案内|株…
女性ホルモンに関連する疾患として、性成熟期には子宮内膜症、子宮筋腫、子宮腺筋症などがあります。現代女性は晩婚化や晩産化により月経回数が大幅に増加し、これらの疾患を発症するリスクが高まっています。子宮内膜症は不妊や産科合併症、卵巣がん、狭心症や脳卒中などの心血管系疾患の発症リスクにつながる可能性があります。更年期以降はエストロゲンの急激な低下により、骨粗鬆症、動脈硬化、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病のリスクが上昇します。
参考)注意したい女性ホルモンが関連する不調や病気とは|セルフケアお…
エストロゲンには血管拡張作用、抗酸化作用、脂質代謝の是正など多岐にわたる抗動脈硬化作用があり、閉経前の女性は男性に比べて心血管疾患のリスクが低いことが知られています。しかし、閉経後はエストロゲンの保護作用が失われるため、動脈硬化の進展が急速に進み、男性から約10年の遅れをもって心筋梗塞・脳卒中の発症率が増加します。エストロゲンの欠乏は、コレステロールの上昇、血圧の上昇、食後高血糖をもたらし、血管内皮の損傷を介して動脈硬化を発生しやすくします。
参考)性差医療 男女の更年期障害
性ホルモン異常が疑われる場合のホルモン学的スクリーニングとして、LH、FSH、エストラジオール、テストステロン、プロゲステロンなどが測定されます。測定結果の解釈には、視床下部-下垂体-性腺系の相互作用とフィードバック機構を理解することが重要です。例えば、原発性性腺機能低下症では性ホルモン低値とともに性腺刺激ホルモン(LH、FSH)が高値を示しますが、続発性性腺機能低下症では性ホルモンと性腺刺激ホルモンがともに低値を示します。
参考)内分泌検査:性腺
婦人科・性腺ホルモン検査の臨床的意義(東ソー株式会社)
性ホルモンとその関連薬物は、様々な疾患の治療に応用されています。前立腺がんの治療では、テストステロンがジヒドロテストステロン(DHT)に変換され、前立腺がん細胞内のアンドロゲン受容体に結合することでがん細胞が増殖するため、この過程を阻害するホルモン療法が行われます。抗アンドロゲン剤はDHTがアンドロゲン受容体に結合する過程を阻害し、精巣と副腎の両方から分泌されるDHTをブロックすることで前立腺がんの増殖を抑制します。ビカルタミド(カソデックス®)やフルタミド(オダイン®)などが使用されています。
参考)前立腺がんに対するホルモン療法について
更年期障害の治療では、ホルモン補充療法(HRT)が選択肢の一つとなります。女性では視床下部から分泌されるGnRHが下垂体を刺激してLHとFSHを分泌させ、これらが卵巣に作用してエストロゲンやプロゲステロンの分泌を促します。更年期になると卵巣機能が低下してエストロゲンの分泌が減少し、フィードバック機構によってLHとFSHが過剰に分泌されることで、様々な更年期症状が出現します。ホルモン補充療法では、不足したエストロゲンを補充することで症状の改善を図ります。
参考)第12話 女性ホルモンと更年期障害
エストロゲン産生腫瘍の診断にも性ホルモン測定が有用です。セルトリ細胞腫や顆粒膜細胞腫では、エストラジオールが過剰に産生され、エストロゲン過剰症の診断補助や術後の転移・再発の確認に使用されます。また、黄体機能不全による流産の予防や分娩開始時期の予測にプロゲステロン測定が役立ち、子宮蓄膿症ではプロゲステロン拮抗薬(アグレプリストン)による内科治療の適応判断にも利用されます。
性ホルモンは免疫系にも影響を及ぼし、性差による疾患感受性の違いに関与しています。アンドロゲンとプロゲステロンは主に免疫抑制作用または免疫調節作用を示すのに対し、エストロゲンは液性免疫を増強する作用があります。このため自己免疫疾患の有病率には性差が認められ、女性で多く発症する傾向があります。性ホルモンと心理的ストレスの相互作用も、自己免疫疾患の発症に関与すると考えられています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5498122/
統合失調症、双極性障害、心的外傷後ストレス障害などの精神疾患においても、性ホルモンの関与が指摘されています。これらの疾患には有病率、発症年齢、症状プロファイル、疾患転帰において性差が認められ、性ホルモン、特にエストラジオールとプロゲステロンの調節異常が関係していると考えられています。エストラジオールの低値は疾患発症リスクの増加や症状の悪化と関連する可能性が示唆されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7373790/
前立腺がんに対するホルモン療法の詳細な解説