気道感染症を引き起こすウイルスは200種類以上存在しており、その中でも特に頻度の高いものがライノウイルス、コロナウイルス(新型コロナウイルスとは異なる従来型)、RSウイルス、パラインフルエンザウイルス、アデノウイルス、インフルエンザウイルスです。これらのウイルスは急性気道感染症の原因の80~90%を占めており、医療現場で最も頻繁に遭遇する病原体となっています。
参考)https://www.chugaiigaku.jp/upfile/browse/browse4567.pdf
ウイルスの種類によって引き起こされる症状の特徴には違いがあります。例えば、ライノウイルスとコロナウイルスは鼻汁や鼻閉が90%の患者に出現し、主に上気道症状を呈します。一方、RSウイルスは乳幼児において細気管支炎や肺炎を引き起こしやすく、下気道感染の代表的な原因となります。アデノウイルスでは咽頭痛が95%、結膜炎の合併も特徴的です。
参考)IASR 43(4), 2022【特集】RSウイルス感染症 …
風邪ウイルスごとの詳細な症状出現頻度については、こちらの医学文献に詳しい比較表が掲載されています。
各ウイルスの感染時期にも特徴があり、RSウイルスは冬季に多く11月から1月頃に流行のピークを迎えます。インフルエンザウイルスはさらに遅い時期に流行し、それぞれのウイルスには季節性の傾向が認められます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11944763/
気道感染症は感染部位によって大きく4つの病型に分類されます。鼻の症状、のどの症状、下気道症状の組み合わせにより、感冒(いわゆる風邪)、急性鼻副鼻腔炎、急性咽頭炎、急性気管支炎に分けられます。
参考)急性気道感染症|いでハートクリニック【大阪府吹田市の循環器内…
| 病型 | 鼻症状 | のどの痛み | 咳・痰 | 
|---|---|---|---|
| 感冒 | △ | △ | △ | 
| 急性鼻副鼻腔炎 | ◎ | × | × | 
| 急性咽頭炎 | × | ◎ | × | 
| 急性気管支炎 | × | × | ◎ | 
主な症状として現れるのは、鼻水、鼻づまり、くしゃみ、咽頭痛、咳、発熱、倦怠感などです。これらの症状は体がウイルスを外に追い出そうとする正常な防御反応の現れです。発熱は体温を上げてウイルスの増殖を抑制し免疫細胞を活性化させる働きがあり、咳や痰は気道に入り込んだウイルスを排出しようとする反応、鼻水は鼻の粘膜についたウイルスを洗い流そうとする作用です。
参考)上気道感染症 
通常、一般的な風邪症候群は3~7日間で自然に軽快しますが、高齢者や免疫機能が低下している患者では重症化する可能性があります。特にRSウイルス感染症では、肺炎や細気管支炎を合併し、呼吸困難や喘鳴が強くなる場合があります。重症例では無呼吸発作や急性脳症を併発する危険性もあり、新生児では特に注意が必要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/98/2/98_424/_pdf
気道感染症の診断は、典型的には症状と現地の疫学情報に基づいて臨床的に行われます。多くの場合、症候群の診断で十分であり、具体的な病原体の同定が必要になることはまれです。
参考)ウイルス性呼吸器感染症の概要 - 13. 感染性疾患 - M…
しかし、以下の状況では診断検査が推奨されます。病原体を具体的に把握することが臨床管理に影響を与える場合、疫学的サーベイランス(アウトブレイクの原因の同定)を行う場合、特異的な抗ウイルス療法が検討される場合です。現在、特異的治療が可能なのは、初期または重症のインフルエンザ、COVID-19、重症アデノウイルス肺炎、重度易感染性患者におけるRSV感染症に限られています。
検査方法としては、のどや鼻のぬぐい検査、血液検査が行われ、ウイルスや細菌の感染が確認されます。咳の症状が出ている場合は肺炎などの可能性も考慮して、胸部X線検査やCT検査が実施されることもあります。multiplex PCR法を用いることで、複数の呼吸器系ウイルスを同時に検出することが可能になり、正確な診断に寄与しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10100992/
上気道粘膜と血管を微細に観察する新しい早期診断機器の開発も進められています。
医療従事者は症状の経過観察も重要であり、発症後1週間以内であればウイルスの複製がピークとなる時期、発症後1週間以降は宿主の過剰な免疫応答がピークを迎える時期と理解しておく必要があります。
参考)Q11. COVID-19による肺炎は、ウイルス肺炎、二次性…
気道感染症の原因の大部分がウイルスであるため、細菌を殺すための抗生物質(抗菌薬)はウイルスには全く効果がありません。そのため、ほとんどの風邪に対して抗生物質は不要であり、処方されません。抗菌薬の不適切な使用は薬剤耐性菌の増加につながるため、医療従事者は適正使用を心がける必要があります。
参考)ウイルス性気道感染症 
急性のウイルス感染症では、対症療法が中心となります。温かくして安静を保ち、十分に栄養を摂ることが大切です。具体的な治療法として以下が挙げられます。
参考)気管支炎の診断・治療 
・解熱薬(アセトアミノフェンなど):発熱や痛みの緩和
・鎮咳薬:咳が強い場合に使用
・去痰薬:痰の排出を促進
・水分補給:脱水予防のための十分な水分摂取
参考)かぜとは?内科医が対症療法や抗菌薬について解説|豊田市の【豊…
特効薬がないため、基本的には対症療法が行われますが、症状が改善しない場合や水分が摂れない、呼吸が苦しそうな場合は早めに医療機関を受診する必要があります。症状が悪化したり、脱水を起こしていると入院して点滴や酸素吸入などの治療を行うこともあります。
参考)RSウイルス感染症の症状・合併症 
インフルエンザやCOVID-19など特異的な抗ウイルス薬が存在する感染症については、早期に投与することで重症化を防ぐことができます。そのため、適切な診断と治療開始のタイミングが重要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11598775/
気道感染症の予防には、日常生活における基本的な感染対策が非常に重要です。手洗いは最も基本的かつ効果的な予防法であり、石けんを使って指の間や爪の間、手の甲まで丁寧に洗うことが推奨されます。手洗い後にアルコール消毒液を使用するとさらに効果的です。
参考)呼吸器感染症の主な種類と予防法 
うがいも口からのウイルス侵入を防ぐのに有効で、うがいをした場合としない場合を比べると、うがいをした方が感染症の発症率が40%減少するという研究結果があります。水だけでも十分な効果が期待できますが、最初は口内をすすぎ、その後新しい水でうがいをすることが重要です。
参考)急性上気道炎(風邪)とは?症状・原因・対処法について詳しく解…
その他の予防対策として以下が挙げられます。
・マスク着用:飛沫を吸い込むリスクの軽減とのどの乾燥予防
・部屋の湿度を40~60%に保つ:ウイルスの活動を抑制し、体の防御反応を維持
・人混みを避ける:流行時期の感染リスク低減
・規則正しい生活:バランスの取れた食事、十分な睡眠、適度な運動で免疫力を維持
・予防接種:インフルエンザ、新型コロナウイルス感染症、RSウイルス感染症などに有効
水うがいの効果に関する京都大学の研究データはこちらで確認できます。
医療機関における感染対策では、標準予防策と感染経路別予防策の実施が必須です。医療従事者は湿性生体物質などの感染性物質に触れる可能性がある場合には、手袋・ガウン・マスクなどの個人用防護具(PPE)を適切に使用する必要があります。呼吸器症状のある患者に対しては飛沫予防策を、空気感染のリスクがある場合には空気予防策を追加します。
参考)https://www.mhlw.go.jp/topics/2005/02/tp0202-1a.html
換気も重要な感染対策であり、室内の空気を適切に入れ替えることで感染リスクを低減できます。医療施設では高性能フィルターやUV殺菌ライトなどの層別介入戦略を組み合わせることで、リスク削減の最大化が図られています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11086747/
気道感染症の病態を理解する上で、ウイルスによる直接傷害と宿主の免疫応答の両面を把握することが重要です。ウイルスが上皮細胞に感染すると、細胞傷害が起こるとともに、体の防御機構として自然免疫系が活性化されます。
参考)https://www.t.kyoto-u.ac.jp/ja/research/topics/r70715seika_yokokawa
気道と肺胞では免疫応答に違いがあることが研究により明らかになっています。気道では1型インターフェロン(IFN)関連の遺伝子や経路が顕著に活性化し、強い自然免疫応答が認められます。一方、肺胞ではIFN応答が抑制されると共に遅れて反応が見られ、免疫反応の強度にも差があります。この臓器ごとの免疫応答の違いが、感染部位による症状の重症度の差に関係していると考えられています。
上気道では粘膜免疫が重要な役割を果たしており、病原微生物の侵入を防ぐ一方で、必要な物質は体内へ取り込むという相反する機能を持っています。2型自然リンパ球(ILC2)は上皮由来のアラーミンに応答して活性化され、2型サイトカインを産生することで好酸球の動員や粘液分泌の増強を引き起こします。この反応は病原体の排除に重要ですが、過剰な反応は気道の炎症を悪化させる可能性があります。
参考)上気道ウイルス感染に伴う免疫応答制御と2型自然リンパ球
重症化のメカニズムとして、RSウイルスの例では、ウイルスの増殖サイクルを成立させる各種タンパクの働きによる細胞変性と、生体内で効率よく増殖・維持をするための免疫回避機構が関与しています。さらに、先行するウイルス感染が二次性細菌感染の素因となることが知られており、ウイルス感染による気道上皮の損傷と免疫防御機能の障害が、細菌の下気道への拡散と侵襲性の増加を引き起こします。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10808858/
COVID-19の肺炎を例にとると、ウイルスによる直接傷害で惹起される「ウイルス肺炎」と、宿主免疫の過剰な応答である「免疫性肺炎」は繋がりをもった一連の反応であり、明確な区別は困難です。ウイルスの複製は発症後数日でピークとなり1週間以内に減衰する一方、過剰な免疫応答は発症後1週間以降にピークを迎えます。このような病態の時間経過を理解することは、適切な治療介入のタイミングを判断する上で重要です。
医療従事者は、患者の症状が単なる風邪症候群なのか、重症化のリスクがある状態なのかを見極める必要があります。特に高齢者、乳幼児、基礎疾患を持つ患者、免疫不全患者では重症化リスクが高いため、より慎重な経過観察と早期介入が求められます。呼吸困難、喘鳴、意識障害、脱水などの徴候が見られた場合には、速やかに高次医療機関への紹介や入院治療を検討する必要があります。