インフルエンザ脳症の初期症状として最も重要なのが意識障害です。呼びかけや頬をつねるなどの刺激に対して反応がない、または反応が鈍い状態が特徴的で、医療従事者は軽度の意識障害も見逃さないよう注意が必要です。インフルエンザ発症から神経症状出現までの期間は非常に短く、約80%が発熱後数時間から1日以内に症状が現れます。
参考)インフルエンザ脳症の症状の特徴や原因について
意識障害の程度は、軽度の混乱状態から昏睡状態まで幅広く存在します。患者は周囲の状況に反応できなくなり、刺激を与えても目を覚まさない、またはすぐに眠り込んでしまうといった状態を示します。この症状は24時間以上持続することが多く、インフルエンザ脳症の診断において最も重要な指標となっています。
参考)http://senoopc.jp/disease/infencepha.html
体温は通常40度以上に上昇し、患者の全身状態が急速に悪化します。医療現場では、インフルエンザ罹患時に明らかな意識障害が見られる場合、速やかに二次または三次医療機関への搬送を検討する必要があります。
参考)インフルエンザ脳症 – 脳・神経疾患
けいれんはインフルエンザ脳症の代表的な症状で、約91%の症例で認められます。通常の熱性けいれんとインフルエンザ脳症によるけいれんの鑑別が重要で、医療従事者は以下の特徴に注目する必要があります。
参考)dj2742.html
インフルエンザ脳症のけいれんには明確な特徴があります。15分以上持続する、繰り返し起こる、体の左右非対称に起こるという3つの要素のいずれかを満たす場合、脳症を強く疑います。特に20~30分以上けいれんが続く場合や、体の左右でバラバラにけいれんが生じる場合は、直ちに専門的な治療が必要です。
けいれん重積状態では、人工呼吸管理下に抗けいれん薬の持続投与を行います。初期治療としてジアゼパムをゆっくり投与し、呼吸状態を観察しながら慎重に管理します。けいれんが止まらない場合は、インフルエンザ脳症の可能性を考慮し、至急病院を受診する必要があります。
参考)インフルエンザ脳症 急性脳症 けいれん 意識障害 異常行動 …
異常言動・行動はインフルエンザ脳症の初発症状として約19%の症例で認められます。短時間の異常行動は経過観察となる場合もありますが、1時間以上を目安に長時間続く場合は脳症の可能性が高いと判断します。
参考)インフルエンザ脳症の初期症状は?後遺症、後悔しないための予防…
具体的な異常行動のパターンとして、以下のような症状が報告されています。人の認識ができない(両親がわからない)、ものの区別がつかない(自分の手を食べ物と勘違いして食べようとする)、幻視や幻覚を訴える、意味不明な発言をする、ろれつが上手くまわっていないなどです。これらの症状は、けいれんの後に連続して現れることもあり、速やかな医療機関の受診が必要です。
医療従事者は、患者家族から異常行動の詳細な情報を収集することが重要です。突然おびえる、こわがる、怒り出すなどの行動も脳症の初期症状である可能性があり、連続してあるいは断続的に1時間以上にわたって異常行動をとっている場合は特に注意が必要です。
参考)【小児科医が解説】インフルエンザの「異常行動」はなぜ起こる?…
インフルエンザ罹患時に起こるけいれんの鑑別診断は、医療現場で最も重要な判断の一つです。インフルエンザによる発熱では5歳を過ぎた子どもでも熱性けいれんを発症することがあり、年齢による判断だけでは不十分です。
参考)インフルエンザになると熱性けいれんが起こりやすい?
熱性けいれんとインフルエンザ脳症の鑑別には、症状の持続時間と回復状態が重要な指標となります。多くは熱性けいれんや一時的な異常行動であり速やかに回復しますが、症状の初期には両者の区別が困難なことも多いため、必ず医療機関を受診する必要があります。
ES(けいれん重積型急性脳症)後の意識障害が持続すれば急性脳症の診断は容易ですが、いったん改善傾向(20-30%でほぼ清明)となるため、熱性けいれん(重積)との鑑別が時に困難です。医療従事者は、入院して血液・髄液検査、頭部CT・MRI検査、脳波検査などを行い、総合的に判断する必要があります。
インフルエンザ脳症の病態メカニズムには、サイトカインストームと呼ばれる過剰な免疫反応が関与しています。急性期の血液・脳脊髄液中の炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6)が異常高値を示し、これが脳障害や多臓器不全を引き起こす主要な機序と考えられています。
参考)インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎・脳症の疫学及び病態…
ウイルス学的・病理学的検討から、ウイルスは直接脳から検出されず、血管内皮の傷害や血球貪食細胞の存在、ミトコンドリアの傷害が確認されています。感染から高サイトカイン血症、そして多臓器不全という経過が推定されており、これがインフルエンザ脳症特有の急速な進行を説明する病態生理です。
予後不良の因子として、血小板数の減少、AST・ALT・LDHの上昇、凝固検査の異常、クレアチニンの上昇などが挙げられています。医療従事者はこれらの検査値を注意深く監視し、早期に治療介入する必要があります。日本でインフルエンザ脳症が多発する理由として、東アジアに多い関連疾患の頻度から遺伝的要因の関与が示唆されています。
インフルエンザ脳症が疑われる場合、系統的な診断プロセスが必要です。まず問診と診察を行い、インフルエンザ迅速検査キットを使用して感染を確認します。その後、症状や意識障害の有無から脳症が疑われる際には、複数の精密検査を実施します。
血液検査では全身状態および脳、腎臓、肝臓などの臓器の状態を評価します。脳波検査により脳の機能、意識障害や痙攣の原因を調べ、頭部MRI検査で脳の炎症の有無や炎症の広がりを確認します。また、熱性痙攣、脳腫瘍、脳出血といった他疾患との鑑別を目的として頭部CT検査も実施されます。
脳脊髄液検査では、免疫細胞の数や種類を調べ、脳炎と脳症の鑑別を行います。脳炎は脊髄液に炎症細胞が増えますが、脳症は脊髄液に炎症細胞が見られないという特徴があります。インフルエンザ脳症ガイドラインに基づいた診断方法を参照することで、より正確な診断が可能になります。
インフルエンザ脳症の治療は、支持療法と特異的治療、必要に応じて特殊治療を組み合わせます。基本的には呼吸器や循環器などを管理して全身状態を保つ支持療法に加え、抗ウイルス薬の投与やガンマグロブリン大量療法などの特異的治療が行われます。
期待された効果が得られない場合には、脳低温療法や血漿交換療法などの特殊治療を検討します。ただし、これらの治療法は実施例が限られており、費用や副作用の問題も考慮する必要があるため、専門医との細かな相談が重要です。特別な合併症(細菌性肺炎、呼吸不全、DIC、多臓器不全等)を伴う場合は、臨床症状、検査データ、重症度に応じて迅速に集中治療を施行する必要があります。
けいれん発作やけいれん重積に対しては、できるだけ速やかに止めることが重要です。呼吸状態を観察しながらジアゼパムをゆっくり投与し、脳内の圧力を下げる治療も並行して行います。さらに、炎症性サイトカインの産生抑制ないし除去を目的とした特殊治療が行われるようになり、予後の改善が報告されています。
参考)うみねこ通信 平成30年1月 −青森労災病院−
インフルエンザ脳症の予後は、調査開始当初と比較して改善傾向にあります。当初は致死率約30%、重度後遺症9%、軽度後遺症17%、完治43%でしたが、2002年の調査では致死率15%、重度後遺症8.5%、軽度後遺症13%、完治50%と改善しました。現在では死亡率は約10%程度と報告されています。
後遺症が残る割合は約25%程度と言われています。具体的な後遺症として、神経学的障害(運動障害や言語障害など)、学習障害(集中力の低下や記憶力の問題)、精神的な問題(不安感や抑うつ状態)などが報告されています。生存しても重篤な神経学的後遺症(知能障害、運動障害、てんかんなど)を残すことが少なくありません。
参考)https://copelplus.copel.co.jp/column/2407_29/
予後改善の要因として、疾病の存在に関する知識の普及、重症例の治療の進歩、解熱剤使用の制限などが挙げられます。意識障害が続いたり、けいれんが止まらなかったりといった脳症状が続く場合には、命が助かっても精神や知能、運動機能が障害される可能性が高くなります。二次性のてんかんも後遺症として残ることがあります。
インフルエンザ脳症の予防には、ワクチン接種が最も重要です。インフルエンザ発病後、多くの方は1週間程度で回復しますが、中には肺炎や脳症等の重い合併症が現れ、入院治療を必要とする方や死亡される方もいます。ワクチン接種により、インフルエンザ感染そのものを予防することが最も効果的な脳症予防策となります。
参考)Q57:インフルエンザ脳症はどうしたら予防できますか? - …
解熱剤の選択も重要な予防策です。インフルエンザの際にアスピリンや非ステロイド系の解熱鎮痛剤(ポンタール、ボルタレン)を使用しないようにしなければなりません。インフルエンザワクチンの際は、ロキソプロフェンを代表とするNSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛剤)は、インフルエンザ脳症を引き起こす可能性があるとして禁忌です。
参考)新型コロナワクチン接種時に服用する解熱鎮痛剤 |札幌豊平の処…
アセトアミノフェンが比較的安全で、小児のインフルエンザに用いても良いとされています。日本小児科学会でも、インフルエンザ罹患時の解熱剤としてアセトアミノフェン(カロナールなど)が推奨されています。サリチル酸系、ジクロフェナクナトリウム、メフェナム酸などの解熱薬は、脳症や感染症の重症化との関連があるため使用を控える必要があります。
参考)ワクチンの副反応で子どもが発熱したら、解熱剤を使用してもいい…
患者家族への適切な対応指導は、インフルエンザ脳症による事故を防ぐために極めて重要です。最優先事項は転落・飛び出し事故の防止で、熱せんもうの状態では本人は夢うつつで自分が何をしているかわかっていないため、子どもから絶対に目を離さず、必ず大人がそばに付き添う必要があります。
発熱後2日間は特に注意が必要で、インフルエンザでの異常行動は発熱から2日以内に発現することが多いとされています。事故を防ぐためにも、少なくとも発熱後2日間は子どもを一人にしないよう家族に指導します。玄関ドアやベランダへつながる掃き出し窓などの鍵は必ず施錠し、可能であれば手の届かない位置に補助錠を付けることを推奨します。
参考)インフルエンザの異常行動について/子どもが感染したら注意して…
寝る部屋の選択も重要な対策です。異常行動は睡眠から覚めてすぐに起こることが多いため、できるだけベランダに面していない部屋や窓に格子がある部屋で寝かせるようにします。戸建ての家で子どもの寝室が2階以上の場合は、できれば1階で寝かせることでベランダや階段からの転落リスクを防ぐことができます。
インフルエンザ脳症は主に小児、特に1~5歳の幼児に集中して発症します。2002年調査では患者年齢分布は2歳にピークがあり、1歳、3歳がその前後に位置しますが、0歳は学童と同程度の低さであり、幼児に多い疾患であることが明確です。2023/2024シーズンの報告では、年齢中央値がA型で8歳、B型で7歳であり、2~12歳で多く発症しています。
参考)急性脳炎(脳症を含む)サーベイランスにおける2023/202…
日本では毎年100~500人がインフルエンザ脳症にかかっており、その大部分が1~5歳の幼児です。インフルエンザではA香港型(H3N2)が最も起こしやすく、B型による脳症が重症化しやすいと言われています。2023/2024シーズンの届出時死亡例はA型で6例(5%)、B型で2例(5%)でした。
性別では男性の割合がA型で63%、B型で50%と、やや男児に多い傾向があります。インフルエンザ発症(発熱)から神経症状発現までの日数は、当日または翌日に集中しており、発症の急速性が特徴です。6歳未満の小児が全体の約70%を占め、医療従事者はこの年齢層に特に注意を払う必要があります。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fped.2021.752816/pdf
日本小児神経学会のインフルエンザ脳症ガイドライン(診断基準、治療戦略の詳細)
厚生労働省インフルエンザ脳症ガイドライン改訂版(初発神経症状の詳細図解)
日本小児神経学会急性脳症診療ガイドライン2016(急性脳症の概念と疫学)